抗がん剤治療2クール途中での会社への病状報告と仕事復帰について

秋のベンチ復帰

怠さと軽いめまいが続いて、依然として調子は悪いが、
抗がん剤治療も何とか乗り切れそうな予感!

良い材料として、食欲は美味しさを感じずとも無くなりはしなかった。

これが健康回復への自信に繋がったものです。食欲がなくなり、体重がこれ以上減っていたら精神的にも相当ダメージを受けていたでしょう。

この時期の病状と復帰への思い

「何を食べても鉄を食べているようだ!」と、ある人にアドバイスされていましたが、

鉄 ボルト

少し共感できました。
最大にまずいと思った食事が麻婆豆腐で、妻の手料理の中でも大好きなものの一つでしたが、この時だけは一口食べて何故か味がしないし、少し苦みを感じ箸を置きました。
その時は、他のものも苦みを感じ、吐き気が襲ってきました。

口内炎が…

と言ってごまかしましたが、
副作用を感じ取った瞬間でした。

そして、

この食欲はモチベーションを維持するために大切な事柄でしたが、私には違う側面もあったのです。

そう、糖尿病患者としては危険な要素でもあるのです。この食欲には2年たった今でも悩みの種となっているのです。

あちらを立てればこちらが立たず!
上手くいきませんね!

ですから、私の体調の良し悪しはこれ以降、食欲の観察で量っています。

食欲だけは無くならない!

だからすぐには死なないだろうと思えた!

抗がん剤治療の時が一番食事管理等の生活リズムが理想的に行えた時期でもありました。

薬を飲む時間が決まっているし、食事をとる時間も決まっています。

医師の「絶対いい加減に飲むな!リズムがおかしくなったら絶対に病院に連絡をしてくれ!」
の言葉でこの薬がただものでない事が伝わっていたので、生活リズムがバランスよく機能していた一番良い時期だったのではないだろうか?

この時期に戻さなくては…

 

少しづつ散歩の距離も伸びてきて、仕事復帰について考えられるようになってきました。
父親がずっと家にいると、やはり家の士気が下がりますね。

それに、

お金の問題が何より大事になります。一刻も早く仕事復帰しなくては!と言う気持ちは日に日に増していきます。
あまり妻に相談せずに仕事復帰の日程を決めたのもそのせいでした。

ちなみに妻は早すぎるのではとアドバイスしてくれましたが…

どれくらい休んで復帰するのが普通なのか?決まりはありません。個人で差があるので当然把握できていませんし、あまり深く考えずに適当に決めました。

後に、周囲の人には復帰が早かったのでは?と言われました。仕事復帰の最初の頃は休みがちだったので周りから見ればそんな風に思われたのでしょう。

実は私もそう思っています。

皆さんは決めた日時プラス2週間くらい様子を見てから復帰しましょう。急いでも自分以外はあまり変わらないですよ!

これから待ち構えているのは会社への病状報告と復帰の日程を相談することです。

    電話連絡では失礼です!

挨拶を兼ねて直接行くことにしました。会社も姿を見て復帰を決めたいですよね

会社への現状報告へ行ってみた!

夏の終わりに退院してもう秋も中頃、2017年11月初旬

抗がん剤治療のペースと体調が安定したので会社への現状報告に行こうと急に思いつきました。会社に連絡するといつでも来てくださいとの快諾を得たので、この連絡の3日後、会社に恐る恐る行きました。電車で行きましたと言いたいところですが、お見舞いのお返し品があったので、妻の運転する車で送ってもらいました。

何故か、ずる休みをしてたかのように行きにくい感じでしたね!

会社での反応はどうだったか?

最初にすれ違った職員は、
私と気付きませんでした。ショックと言うよりは少し楽しみながら様子を見ていました。ある職員に私から声をかけると、

「ウソ!大丈夫?」と反応されました。

会社側からはあまり私の病状を細かく話してはないだろうとの予測通りで、その次に合った職員からは

「どうしたの?」が第一声でした。
在籍すらあやふやな感じです。元々がそんな存在でしたから気になりませんでしたが…

死人がよみがえってきたような感じでした。

トンネルの中の人

元々、いてもいなくても同じような社員だったのであまり気にならなかったみたいです。
と言うよりは、
私が病気で長欠したことを知らない人もいたようです。

私はそんな存在だったということですね!

自業自得!

しかし、温かく迎えてくれたことは確かです。

でも、
この間に入社した新入社員などもいて少し職場の雰囲気が変わった感じがありました。

自分の日頃の行いと、
ガン=再起不能みたいな雰囲気も察しました。私の見た目も8キロ体重が落ちていたのでそう感じさせてしまったのでしょう。

目に見えて病み上がりが来て、ガン患者であれば周りの反応は想像できますよね。

これ以降はみんなにずっと気を遣わせてしまっています。

無理をさせて病状を悪化させれば会社の対応に問題ありと思われてしまいますよね。

 

他の職員には仕事の負担を増やしてしまい、申し訳ないの気持ちを込めて数は少なかったがお見舞いのお返しと挨拶のためのお菓子を会社近くのイトーヨーカドーで買って持っていきました。

一応社員全員分のお菓子を用意しました。

私の部署は、1グループ8∼10名位の10チーム存在し、楕円型のテーブルで席は決まっていません。楕円テーブルを採用した当初の目的は、居場所を決めずに毎日自由に席を代わってコミュニケーションをとれればということでしたが、今は固定されて居場所も決まっているようです。だから、居場所あるの?どこに座ってよいやら戸惑いました。  

スペースもなくなってるー!

少しづつ社員が帰ってきて声をかけてくれます。
向こうから来てくれる人もいましたが、やはり私からすると居にくい空間になっていました。

30分くらい待って業務を統括する所長と面談しました。

仕事復帰は1週間後とし、超満員の通勤電車帯を避けて出勤し、8時間の提示で終わる勤務で復帰することを了承してもらいました。
こちらの希望した条件を全部受け入れてくれました。
その他の楽な条件も提示してくれて復帰への会社の協力体制を感じ安心しました。

復帰できる喜びとやれるのかの不安が複雑に交差していて笑顔にはなれませんでした。

やるっきゃない!それだけです。

 

抗がん剤を規則正しく飲まなくてはいけないのと、通院の曜日などが固定されていたので、相当仕事の時間調整、休日調整には頭を痛め、
会社の対応にも感謝、感謝です。

復帰へのアドバイス

私が思うに、復帰の基準は気力と言う項目は除いて考えた方がよいと思う。

 気力は先走ってしまう!

気力は今まで以上に充実していたが、

体力は思ったより相当落ちているのです。
通勤後、会社に到着した時点で疲れ切って仕事にならない時が何度もありました。

ですから、
通勤のシミュレーションを何回か連続して行った方がよいと思う。

さらに、弁当や着替えなどもいつもと同じにした方がよい。リアルに行ってください。私はいつも何も持たずにシミュレーションし失敗しました。

そして、人間関係はとても気を遣ってもらう場面が多く、周りの社員の気配りは半端なかったと思います。元気な時は結構当たりがきつかった社員もで対応に違いがみられます。危ういものに近づかないそんな雰囲気でした。周りも本人より大変なんです。

病人なんだから当たり前じゃなく
感謝の気持ちを忘れない事が一番大切なのかもしれません。

通勤大丈夫かなー?後に不安は的中します!

これを見ると今は中央線楽なのかなー

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