ICUで死と直面した数日間!医療現場の壮絶な戦い!私は見た聞いた!

心筋梗塞

心筋梗塞を明け方に発症して速攻手術を受けました。
この心臓カテーテル手術で私の場合は右鼠径部から針を刺して行いました。

私のいい加減な説明よりも、
この動画で心筋梗塞と手術の方法について確認して頂きたいと思います

どうしてよいタイミングの発症だったのか?

このタイミングで心筋梗塞なって本当にラッキーだったですね!

この言葉を最初に聞いた妻は憤慨していました。

処置が遅れていれば死んでいたかもしれないとの説明を受けた直後だから
妻が怒ることも当然の事でしょう。


そこで、
大腸の腫瘍切除の開腹手術と心筋梗塞のどちらが先に発症した方が良いのかを医師が説明してくれた言葉でお話いたします。

私の場合は、大腸の開腹手術が先だったのですが、当然開腹手術には出血が伴います。その出血が止まりにくければどうなるでしょうか?手術できないですよね!
その為に糖尿病で血糖値のコントロールができてない私はそのコントロールの為に1週間の準備入院をしたわけです。    外科手術⇒心筋梗塞 こちらの方が楽○
もし、この順番が逆になって心筋梗塞は血液が先に起きていたら血液がサラサラになる薬を処方されるわけです。そうなると出血が止まりにくいのでそう簡単には大きい外科手術できなくなってしまう…
しばらく大腸手術が出来なくなり、もしその腫瘍がガンであった場合に進行が進んでしまうし、それを抑えるために抗がん剤が必須になってしまう。 
心筋梗塞⇒外科手術、しばらく手術できない✖

それを聞いてみると
確かにラッキーなタイミングで発症したのだと納得できるのです。

 まだ神に見放されてないようだ!!

ICU内での出来事

患者から見たICU

まず私がどんな状態であったのか説明します。

  • 両足には血栓防止のためのエアーで膨らませたり萎ませたりするフットマッサージャーを巻かれていました。
  • 痛み止め麻酔の管が背中に、心電図の電極が3つ胸に張り付いているし、点滴、指先には酸素量を計る機械が挟んである。
  • オシッコの管、お腹にはお腹の中の体液を排出するドレーンと呼ばれる管が刺してある。
  • 傷口はおへそをよけて縦に25㎝くらいあり医療用ホッチキスで留めてあり、そこをあらかじめ準備しておいた腹帯で巻いてある。
  • さらに計器類は数本繋げられており、プラス酸素マスクをがっちりつけられていた。

意識が戻った最初の頃は、体力的にも動ける状態ではなく、話す気力もありませんでした。
こんな状態でも今の自分の状況を知りたくて、自分の手足を動かしてチェックしようと思いましたが首はほとんど動かず目をキョロキョロする範囲しか見えません
ただ、ベッドに15°くらいの傾斜が付いていたので意外と部屋の全景が見えました。でも指先の痺れがあり、特に左手は動きませんでした。足は左足が動きませんでした。
具体的に言うと、足の指先は動きますが左足を少し上げようとしても全く動きませんでした。

でも麻痺は事前説明に合った麻酔の影響であると思っていたので心配しませんでした。
この麻痺については当然医師に伝えましたが、全く慌てたそぶりも見せなかったので説明通り大丈夫なんだなと安心しました。
前回の手術ではとてつもなく不安になり大パニックになった経験がありますから…

しかし、
こんな時でも耳だけはしっかり生きていて話す言葉に異常に反応するのでした。
スタッフの会話に聞き耳を立てて
と言うよりは室内が異常に静かなので、ある程度離れていても耳に入ってしまうのです。

ベッドの寝心地は今までで一番きめ細かに姿勢をコントロールできるベッドでした。
細かな姿勢変化を付けれるために
腰とお尻への負担は前回より少なかったと思います。

ベッドによって快適さの違いが出ると思います。病院のベッド選定はより調査をして患者目線になってほしい。

2日目くらいには首を左右に各90度弱曲げれる程度になり、
少しベッドの調整も自分でボタン操作できるようになりました。

こうなると私の気持ちを混乱させるものが現れ始めました。
今何時?と言う事です。

私は近視でメガネかコンタクトを使用しないと1メートル先のものが認識できないくらい視力が弱く、ICUで最初に意識が戻った頃は身体も動かないし意思も伝えられませんでした。
メガネをかけたいのですがと言えたのはICUに来て2
日目でした。
それまでの自分は今が昼なのか夜なのかすら分からない状態で、スタッフの動きや人員の数で想像していました。


眼鏡を掛けられるようになって大きいデジタル時計が目の前の壁にとても見やすく掛けてあったことに気付いたのです。
同時に部屋内部がどのようになっているのか把握できるようになりました。
自分がちょうど部屋の真ん中に位置し、ベッドが7つあり、私の目の前にいつも看護師さんが待機してモニターで全患者さんをチェックしています。とても多くのモニターや機械に囲まれていました。

時計や周囲が見えるようになってもまだ苦痛に感じる事がありました。
それは、
時間の進みがとても遅く感じる事です。
大袈裟な表現ですが、2,3時間寝たつもりで、実際は20分しか寝ていなかったりと生きて行く上でのリズムが崩れてしまっていて…
精神的にも不安定になる時期がありました。

日を浴びる大切さが身に染みました。

大便、オシッコについて

結論!何も食べてないのでお腹は空っぽでしたからオムツのお世話になることは入院中はありませんでした。
トイレに自力で行けるまで排便はなかったのです。
看護師さんに処理してもらうのは申し訳なくて…

オムツに大便をするのだけは…

遠慮せずしてもいいですよ!

と言ってくれましたが出ないもんですね!
それはそうです。胃に内容物がないのですから考えてみると出る事はないでしょうね。
でも不思議なことにオナラ以外に
強烈な便意が来るのです。

固形物が出たと思ったら何も出てないんです。こんな事が2,3回ありました。
その度大きいストレスを感じたものです

ちなみにオシッコについてはドレーンに繋がっていて、オシッコを溜める透明の袋状のものがあるのですが、
それがいっぱいで溢れてしまいそうでいつもヒヤヒヤしていました。

その道のプロだから大丈夫だよな!

忘れて溢れたりしないよな!

そのような事は全くなく、取り越し苦労でした。
看護師さんの仕事が増えるので言いませんでしたよ!

子供たちの面会

この入院の目的は大腸にできた腫瘍の切除であり2週間で退院できるはずであった。

だから、
子供達には見舞いに来なくて
よいと伝えていました。

これは気遣いでなく本心でそう思っていたものです

しかし、
事態は急転直下、死に直結する心筋梗塞ですから話は違ってきます。
一歩間違えれば命に係わる事ですから妻も子供達に
事態を知らせ、見舞いに連れて来たのです。

後程聞いた話だと、IUCでの面会は相当待たされて、看護着に着替え、手洗い消毒を徹底し、マスクを着用して大変なのだそうです。

私もIUCに見舞に行った事がないし、患者として初めて横たわっていたわけですから…

目がちょっと動かせる程度で意識も朦朧としていましたから相当重症患者(重体)に映ったのでしょう。
いつも賑やかな子供達もとても神妙でした。
一言づつ声をかけてくれましたが正直声も聞こえにくく、眼鏡をしてなかったので誰なのかの判別もおぼつかない。
目で合図する位しかできず、
子供達も相当ショックだったでしょう。

子供に会うタイミングはとても難しいですね!

この時、同時に自分の身に何が起きたのかはっきりと理解できたのです。その前に説明があったのかもしれませんが、記憶にあるのはこの時が初めてでした。

医療スタッフのささやき

そんな中だからこそ起こりうる出来事がありました。
ある医師と看護師の会話が耳に入ります。

かっちゃんさんは(苗字)
 抗がん剤決定ね!

それと透析開始するからデータ管理しっかりね!

はっきり聞こえました。

抗がん剤っ?もう病理検査の結果が出たの?
透析ってそんなに糖尿病悪化したの?

透析なら今の仕事は続けられないだろうし…

抗がん剤治療人工透析心筋梗塞トリプルパンチで精神的落ち込みは過去最大でした。
仕事への復帰が遠のくし、回復してからの多くの目標が崩れていきました。
家族の苦しむ姿が目に浮かぶ

呆然とするしかありません。

傷も痛ければ心も痛い!眠れない条件がどんどん増えていった。負のスパイラルはどこまで続くんだ!

話せるようになってすぐに看護師に聞きましたよ!

抗がん剤と透析の話なんですが…

交代したばかりで分からないので先生に聞いてきますね

医師が慌てて来てくれました。

かっちゃんさん まだ
病理検査の結果が出てませんよ!

たぶん、違うかっちゃんさん
(苗字が一緒)ですよ。

その方は一般病棟に移動しました。
誤解です。安心してください。

ホッとしたと同時に抗がん剤治療と人工透析治療をするその方にエールを送りました。

参考資料としてご覧下さい

 

この世を去った患者

一応の回復が診られ、一般病棟に明日移る予定ですと伝えられたその晩に目の当たりにした出来事があります。

IUC内はとても静かなのでピーピー音(各警報音)が高らかに鳴ってとても目立ちます。
その音も慣れると、
その音自体でこれは
緊急性を要するものか否かが素人でも何となく分かります。

ICU最終日の深夜に自分から見て右端のベッドの老婆の容態が悪くなったのです。
ピーピー音がちょっと違います。
老婆は声を発するわけでもありませんが、
計器音とスタッフの動きはその緊急性を教えてくれます。

途中まではその様子が見る事が出来たのですが、当然の配慮としてカーテン状の仕切りで隠されました。
でも、
医師の会話などで多くが伝わります。

「家族に連絡を!」という言葉で私も動揺します。

私は人の死を間近で体験したことがなく、実母を看取ることも出来なかったので本当に緊張しました。
多くの専門用語が飛び交い、慌ただしさでその老婆を助けようとするスタッフの賢明さが伝わってきます。
しかし、残念ながら、そのスタッフの声も少なくなってきます。
とても静かになり私も悟りました。
人間の死に今までで一番近くで立ち会いました。召されるその瞬間にいたのです。

それから10分くらい経って家族が来て静かにお話をされていました。
そして、別室に移動していきました。

入院中の一番静かな夜になりました。

人間の死をどう受け止めようか自分の死に当てはめ必死になって考え眠れぬ夜となりました。

これが現実なんだ!これが人間なんだ!これが生きるということなんだ!
お前にも必ず訪れるんだ!

自分の事じゃないけどやたら悲しかったなー!

心の中で見知らぬ老婆に弔意を伝えました。

医療の現場の厳しさや悲しさも感じることが出来ました。そしてその現場ではその感情に浸っている暇はないほど忙しく続いていくものなのだという現実を知ることになりました。

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