長い苦しみの果て、医師が到着して診断にあたります。
どのような経過をたどったのか曖昧ですが、
正しい時間経過を聞いてビックリ!私の思っていた発症時間、経過時間と相当なズレがあった。この後の闘病生活でも経過時間だけはとてもゆっくり動いていました。
急性心筋梗塞の発症!
曖昧な記憶の中で、何が起きたかの説明となりますのでご了承ください。
大腸の腫瘍切除の為に下部消化器外科に入院していたわけだが、息苦しく感じ、それと同時に大量の冷や汗が出て、胸の痛みに変わっていった。
急遽、心電図を取ってみると心臓の異常が発見され、循環器の医師が新たに診察を行い、下った診断結果は
急性心筋梗塞を発症。
直ちに緊急手術の準備の開始です。
外科の9階の二人部屋での呼吸困難な状態から意識がなくなり、気付いた時には知らない場所で多数の医療スタッフに囲まれ、右足の付け根部分を大量消毒し、何かを差し込んでいる。
そのグイグイ押し込む痛さで目が覚めたのである。
盛んに名前を呼ばれ声を掛けられました。
つまりは、部分麻酔で意識がある状態!全身麻酔じゃない事はボーっとした頭で考えても理解できた。
何か緊急事態が発生したことを自覚した!
6人くらいの準備スタッフに囲まれ、初めて見たスタッフが4人、外科の担当医が2人が確認できました。
周囲にはもっとスタッフがいて賑やかだったことは覚えている。
それ以外に覚えているのは、
外科の医師と循環器の医師から病状の経過説明があったこと。
鼠径部を強烈に押され痛かった事。
妻もいた事
緊急だったので、同意書は妻のサインで手術を行ったこと。
命の危機であった事、
そして、このタイミングで心筋梗塞を発症したのがとてもラッキーであった説明。
ラッキーだなんてとても思えないよ!
ただ記憶に残っていることなので時間の前後は定かではない。
心筋梗塞について
心筋梗塞について、多くの文献やサイトを参考にまた、医師の説明も加えて分かりやすく解説したいと思います。
医師の説明によると、死亡率が30∼40%、1,2時間で生死が分かれますと説明されました。
参考として私の病歴をご覧ください
22歳 十二指腸潰瘍 軽度
35歳 尿管結石 激痛経験。受診中に石が
オシッコとともに出て解決!
40歳 糖尿病の診断が下る。実の父母、
弟が糖尿病で苦しんでいる。
53歳 大腸ガン、ステージⅢa 開腹手術
半年間抗がん剤治療
55歳 前回手術部位付近に腫瘍発見 開腹
手術
その数時間後、 心筋梗塞発症 カテーテル術
※ 30代後半に糖尿病が発症したことが疑われますが、糖尿病の本格的治療は53歳の大腸ガン手術のための教育的入院の時からです。
皆さんもご承知とは思いますが、糖尿病は出血を伴う手術は傷跡が治りにくく、血糖値コントロールが必要です。それまで糖尿病はあまり治療はしていませんでした。
心筋梗塞については完全ノーマークでした。
それまでの私は
心肺機能には自信があって、50歳を過ぎてますが仕事柄、長めのランニングが必要であったり、急な動きも必要になるので日頃、適度のランニングと通勤でのウォーキング等をしていましたので同年齢の方よりはスタミナもあり、身体にの柔軟性にも自信がありました。
何より今回の手術の不安な点は、摘出する腫瘍がガンであるか否かに考えが集中していたので、他の病気が入り込む事なんて思いもしませんでした。
心筋梗塞の予兆
容態が安定して医師からの質問や自分の記憶を振り返ってみると、
はっきりとした予兆があったのだと気付きました。
手術直前に退院後のリハビリを助けるための運動として病院内で長めのウォーキング、激しいダッシュを繰り返し行っていた時に胸が少し苦しくなった。苦しいのか痛いのか表現が難しいです。これは少し休むと回復したので、医師に伝えず、ツイッターにはこの事を記載していました。
この時気付いていたんじゃん!
これが思い浮かんだ予兆で、因果関係がないものも含まれると思われます。
着替えもままならない状態の時もある。下記のリンクで前回の手術の振り返りを!
これらは全て自分の日頃の不摂生の為だと思っていたので更に運動を激しく行って、心肺機能を高めなくてはいけないと自己判断していました、
この時点で受診していた科目は
- 下部消化器外科 大腸ガンの治療
- 代謝内科 糖尿病の治療
- 心療内科 心が弱っていた。
この3科目でしたが、当然どの医師も心筋梗塞の話は出てきませんでした。
心筋梗塞手術後について
このあとの2日半はICU(集中治療室)での治療となりました。ほとんど身動きができず、管が何本も取り付けられ、酸素マスクがつけられほとんど話が出来なかったし、話す気力もなかった。記憶も1日くらい飛んでいます。
私ができる事と言えば、時間をここにいる病院スタッフを信じて過ごす事だけです。
時間の進みが超遅い!
1時間経ったと思ったら10分!
でも実際は、大腸の手術部分も痛いし、右足の付け根も痛い!
寝たままの姿勢で、右肩、腰、お尻と痛いし、ほとんど身動きが取れなくて気が狂いそうになる。
でも今回は麻酔の状態が良く痛み止めボタンで何とか乗り切れそうだ。
気をしっかり持て!
そう自分に言い聞かせていました。
妻の負担
妻の元に病状急変の知らせが届いたのは明け方の5時過ぎの事であった。
こんな時間の電話は誰しも嫌な予感しかしないものだ。
旦那の容態が悪くなったことを知らせるものに違いない。そう思ったそうです。
妻が到着して間もなく病状説明と同意書への代理のサインを求められたのだが、思った以上に重篤な状態に驚いたそうです。
前日は手術の付き添い、家の残った家事もあり、子供達に心配をかけないようにしなくてはいけないし、自宅に帰ってもゆっくりする間もない。浅い眠りについて朝早く電話でたたき起こされて一番大変だったのは妻だったのではないでしょうか?
また多くの負担をかけてしまうが、病気を退治しなくては大切な恩返しが出来なくなってしまう!
もう少し辛抱してくれよ。
必ず復活するから!
妻を想うと心が心筋梗塞より痛みました。
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